元記事の見出し
長澤まさみ「コンフィデンスマンJP」カナダ撮影の前に立ちはだかる「小日向文世」の壁
「壁」という言葉、かなり強いです。長澤さんと小日向さんの間に何か深刻な対立があるのかと思わせる見出しです。でも本文を読むと、その「壁」の根拠はかなり薄いです。
- 長澤まさみさんが結婚を発表、夫の仕事に帯同してカナダへ渡航予定と報じられた。
- 「コンフィデンスマンJP」新作のロケが来年に延期になったという。
- 一部ネットメディアが「カナダで撮影する可能性」を報じた。
- 記事は、小日向文世さんが「海外ロケ嫌い」だから「カナダロケは無理」と結論づけている。
- しかし、そもそもカナダで撮影する計画自体が確定していません。
存在しない計画に「壁」を立てている
まず、記事の中でカナダ撮影がどう扱われているか見てみましょう。
《一部ネットメディアは長澤のいるカナダで撮影する〝ウルトラC〟の可能性を報じているが…。》
「一部ネットメディアが可能性を報じている」これ、確定情報じゃないです。
計画として存在するかどうかもわからないものに対して、「壁」が立ちはだかっている? 土台がないのに障害物を語っている構造です。
勝手に作られた「対立構造」
見出しは「長澤まさみ」と「小日向文世」を対置しています。まるで二人の間に何か問題があるかのように。
でも本文を読んでも、二人が対立しているという事実はどこにもない。
- 長澤さんがカナダ撮影を望んでいるという発言 → なし
- 小日向さんが撮影を断ったという事実 → なし
- 二人の間に意見の相違があるという情報 → なし
存在しない対立を、見出しで作り出している。 「壁」という言葉が、あたかも小日向さんが長澤さんの障害になっているかのような印象を与えています。
「家族想い」が「わがまま」に変換されている
小日向さんについて、記事はこう書いています。
《小日向さんは家族のいる自宅が大好きで、できることなら家を出たくない》
《「とにかく家に帰りたい。地方でも日帰り。外国なんて本当に行きたくないんだよね」と本音》
《木村主催の飲み会の誘いにも「行かない」と平然と言ってのける》
これ、読み方を変えれば「家族を大切にする人」「仕事とプライベートをきちんと分ける人」という、むしろ好感の持てるエピソードです。
でも記事は、これを「〝自宅至上主義〟は徹底しており」「驚きだ」という書き方で、まるでわがままで協調性がない人のように印象づけている。
そして最後に:
《「そんな小日向さんが急きょのカナダロケをOKするわけがない(笑い)」》
この「(笑い)」、誰が笑っているんでしょうか。 小日向さんの価値観を嘲笑しているように読めてしまいます。
「好み」と「仕事を断る」は別の話
記事のロジックを整理すると:
- 小日向さんは家が好き
- 海外に行きたくないと言っている
- → だからカナダロケはOKしない
- → だから長澤さんが帰国するまで続編はお預け
でも待ってください。「プライベートで海外に行きたくない」と「仕事の海外ロケを断る」は、まったく別の話です。
記事自身がこう書いています:
《「コンフィデンスマン」シリーズは海外ロケで有名》
つまり小日向さんは、これまで何度も海外ロケに参加してきた。「嫌い」と言いながらも、仕事としてはちゃんとやってきたわけです。それを「OKするわけがない(笑い)」と断言するのは、論理が飛躍しすぎています。
匿名コメントの連鎖
記事の結論を支えているのは、すべて匿名の「関係者」コメントです。
発言者 | 内容 |
|---|---|
芸能プロ関係者 | 「秋まで休む」「誰にも邪魔されない」 |
長澤を知る関係者 | 「プロ意識が強い」「裏方にも興味」 |
関係者 | 小日向さんは「ニンマリしていた」 |
小日向を知る人物 | 「OKするわけがない(笑い)」 |
4人の「関係者」が登場しますが、誰一人として具体的な立場が示されていない。 検証のしようがありません。
まとめ
整理すると、この記事でやっていることは:
- 確定していない計画に「壁」を立てる
- 対立していない二人に対立構造を作る
- 家族想いのエピソードを「わがまま」に変換する
- 「好み」と「仕事を断る」を混同する
- 匿名コメントで全体を補強する
小日向さんの「家に帰りたい」「家族と過ごしたい」という姿勢は、本来なら微笑ましいエピソードとして紹介されてもおかしくない。
それを「壁」「〝自宅至上主義〟」「(笑い)」という言葉で包むことで、まるで困った人のように描いている。
そして長澤さんとの「対立」を匂わせることで、存在しないドラマを作り出している。
誰かを「壁」と呼ぶとき、その壁は本当に存在するのか。 見出しの一語が、人の印象をどれだけ変えてしまうか。考えさせられる記事です。