山本モナさんは、50歳で司法修習生として学んでいます。AERA DIGITALは11月7日、その山本さんのインタビューを配信しました。
50歳で司法修習生となった「山本モナ」が20代との交流で気づいたこと 「もうファイティングポーズは下ろしました」
見出しは、本人の言葉から取られています。年齢や序列にとらわれず、自分らしく学ぶ姿を伝える内容です。
インタビューの中心には、ある気づきがあります。「名前で呼ばれていない」という気づきです。ところが記事の冒頭には、その話とは向きの違う一行が置かれていました。今日はこの一行を、本人の言葉と並べて確かめていきます。
本人が語った「名前で呼ばれていない」
子育てに追われる日々の中で、山本さんはこう気づいたと語っています。
そこでふと、「そういえば最近私は、名前で呼ばれていないな」と気づきました。私という個人がいつの間にかなくなっていて、「妻」や「母」というポジションになっている。
山本さんは、役割ではなく、一人の人として見られることを考え始めました。それが、法律の世界へ進むきっかけの一つになったと語っています。
続く言葉も、丁寧に載せられています。
そのこと自体が嫌だったわけではないんです。
そして、40代に入ったころの思いをこう続けています。
でも「この先ずっとこのポジションで行くのかな? 人生は長いし、もう少し私自身に何かできることがあるのではないか」と、40代に入ったころから少しずつ考えるようになりました。
役割を否定するのではなく、その先の自分を探したい。インタビューは、その揺れも含めて伝えています。
冒頭に置かれた「圧倒的な美白」
リード文のすぐ後に、こう書かれています。
【写真3枚】圧倒的な美白…山本モナさんの最新ショットはこちら
本文が伝えているのは、学び直しと自分らしさの話です。一方、この一行が伝えているのは、肌の白さです。記事の主題とは、別の話題です。
これは論点のすり替えに近い構成です。論点のすり替え——本題と別の関心を差し込み、目をそらす書き方のことです。
写真リンクは、多くのネット記事にある仕組みです。ただ、どの写真を選び、どんな言葉を添えるかは編集の判断です。この記事では、外見を強調する言葉が選ばれました。
「最新ショット」が、どんな場面の写真なのかも書かれていません。分かるのは、肌が白いという評価だけです。写真の中身より先に、外見への評価が読者に届く形になっています。
この一行は、本人のインタビューよりも前に置かれています。読者は、山本さんの言葉を読む前に、肌の話を目にすることになります。
役割でも外見でもなく、一人の人として
山本さんは、「妻」や「母」という役割で呼ばれていることに気づきました。そこから、自分にできることを考え始めています。その記事の入口で、本人は外見で紹介されています。
役割で見られることと、外見で見られること。どちらも、その人の一部だけを切り取る見方です。本人の言葉と写真リンクの一行は、反対の方向を向いています。
役割も外見も、本人が選んだ見られ方ではありません。インタビューの中で山本さんが探していたのは、その外側にある自分でした。
「圧倒的な」という強い言葉も、注意を引くための表現です。何と比べて圧倒的なのかは、書かれていません。外見への評価が、大きな言葉で強調されているのです。
本人は、美容について軽く触れてもいます。笑う回数が増えたことが「美容にもいいんじゃないかな」という一言です。ただ、それは笑いの話の中の冗談でした。記事の入口に置くほどの主題ではありません。
本文にある確かなもの——本人の言葉と経歴
ここで公平に書いておきます。この記事のインタビュー部分は、とても丁寧です。
質問と答えが並び、本人の言葉が長く載せられています。体調を崩した過去、結婚と引退の決断、母の反対。どれも本人の言葉で語られています。
業界内部の仕組みや現場の苦しさをよく知っている自分だからこそ、法的立場からメディアや現場で働く人々に寄り添い、手助けができる弁護士になれるんじゃないかと思うようになりました。
見出しの「ファイティングポーズは下ろしました」も、本文の言葉と対応しています。
自然と力が抜けてファイティングポーズを下ろすことができました。
これからの仕事への思いも、具体的に語られています。記事の最後には、学歴や資格の経歴も年ごとに整理されています。読者が本人の歩みを確かめられる形です。
だからこそ、冒頭の一行が目立ちます。本人の言葉を丁寧に運んだ本文の前に、外見だけを伝える一行があるからです。
SmokeOut視点:入口の一行も、本人の物語の一部
写真リンクは、読者をほかのページへ運ぶ入口です。閲覧数を考えれば、目を引く言葉を選びたくなるのも分かります。
けれど、入口の言葉も記事の一部です。この記事の主題は、名前で呼ばれる一人の人として学び直す姿でした。入口の一行も、その主題に合わせることができます。司法修習の様子や、インタビュー中の表情でも足ります。
本文を最後まで読む人ばかりではありません。見出しと冒頭だけを見た人には、「美白」の一言が残るかもしれません。50歳で学び直す人の記事が、肌の話として記憶される。それは本人にとっても、もったいないことです。
本人が語った物語に、入口の一行までそろえる。それだけで、記事は本人の願いをまっすぐ伝えるものになります。
まとめ:入口の一行は、本人の言葉と同じ方向か
- ✓ 写真リンクの言葉は、インタビューの主題と同じ話をしていますか?
- ✓ 「圧倒的な美白」は、何と比べた評価ですか?
- ✓ 本人が語ったのは、外見の話ですか、生き方の話ですか?
本人の言葉と経歴を、丁寧に伝えた記事でした。煙は一か所から立っています。名前で呼ばれたいと語った人を、外見の言葉で紹介した冒頭の一行です。本文の前の一行にも目を向ける。それだけで、記事が何を見せたいのかが見えてきます。