10月6日、来日中のトム・クルーズさんが映画のジャパンプレミアに出席しました。会場は銀座の旧東京高速道路(KK線)です。シネマトゥデイは同じ日の夜、その様子を記事にしています。
Yahoo!ニュースのトピックスに並んだ見出しは、こうでした。
トム・クルーズ 銀座のKK線闊歩
元の記事の見出しは、次の通りです。
トム・クルーズ、異例のKK線で映画プレミア 約2時間かけて丁寧なファンサービス
楽しいイベント記事です。見出しの言葉は「異例」。抑えた表現です。ところが本文を読むと、同じ場所が「前代未聞」になります。そして、もう一度「前代未聞」が出てきます。
今回は、この二つの「前代未聞」の出どころを確かめます。
一つ目の「前代未聞」——会場を語る記者の言葉
本文の冒頭です。
通算26回目の来日となったトムは、KK線という前代未聞のロケーションに敷かれたレッドカーペットを笑顔で闊歩し、詰めかけたファン700人に写真撮影、サイン、握手といったファンサービスを約2時間かけて行い、変わらぬ親日家ぶりを見せつけた。
「前代未聞のロケーション」。見出しでは「異例」だった場所が、本文では「前代未聞」になっています。
「前代未聞」は、これまで一度も聞いたことがない、という意味です。SmokeOutが煽り表現として挙げてきた言葉の一つでもあります。使ってはいけない言葉ではありません。ただ、使うなら根拠がほしい言葉です。
KK線は、廃止された高速道路の高架です。そこでレッドカーペットを敷いた映画イベントは、確かに珍しいでしょう。しかし記事には、「初めて」であることの根拠は書かれていません。主催者がそう説明したのか、記者がそう判断したのか。読者には分かりません。
見出しの「異例」なら、根拠は要りません。珍しい、という程度の言葉だからです。本文で一段強い言葉に変わったとき、根拠の有無が気になります。
二つ目の「前代未聞」——あらすじの中の宣伝の言葉
記事の中盤、作品の紹介です。
ディガーの欲深い行動によって“地球の大陸半分が水没する”という前代未聞の危機が到来し、自らその尻ぬぐいを命じられたディガーが大混乱を巻き起こす。
ここにも「前代未聞」があります。こちらは映画の中の出来事です。大陸の半分が水没する。確かに前代未聞でしょう。フィクションですから、根拠を問う話ではありません。
ただ、この文章は誰の言葉でしょうか。あらすじの文体は、配給会社の宣伝文に近い形をしています。「大惨事コメディー」「大混乱を巻き起こす」。記事の地の文として書かれていますが、出どころは宣伝資料である可能性があります。
一つ目の「前代未聞」は、記者が会場を評した言葉。二つ目は、作品を売る側の言葉。同じ四文字が、違う出どころから来て、同じ記事の地の文に並んでいます。読者には、見分ける手がかりがありません。
これは、宣伝の言葉と報道の言葉の混在です。悪意はないでしょう。イベント記事ではよくある形です。ただ、強い言葉が二度続くと、記事全体の温度が上がります。読み終えたとき、「すごいイベントだった」という印象だけが残ります。
「見せつけた」「神ファンサ」——性格と感情を書く言葉
温度の高い言葉は、ほかにもあります。
【画像】トム・クルーズ、KK線で神ファンサ!
「神ファンサ」。画像への案内文なので、本文より軽い位置にあります。ただ、評価語であることは変わりません。
本文の「変わらぬ親日家ぶりを見せつけた」も見ておきます。「親日家」は、人物の性格に関わる言葉です。「見せつけた」は、意図を含んだ動詞です。本人がそう語ったのではなく、記事がそう描いています。
トムは記念日について説明を受けると、照れくさそうに笑みを浮かべていた。
「照れくさそうに」。これは表情の描写です。記者がその場で見たのなら、書けることです。ただ、「照れくさい」という感情は本人の内側にあります。見えたのは笑みで、照れは推測です。小さな点ですが、事実と推測が同じ文に同居しています。
どれも、好意的な言葉です。SmokeOutは、好意的な煙も煙だと考えます。人物を持ち上げる言葉が重なると、読者は記事の評価を自分の評価だと思い込みます。そこに、薄い煙が立ちます。
数字と出どころ——確かめられるものと、られないもの
この記事には、具体的な数字があります。26回目の来日。ファン700人。約2時間。10月9日公開。
来日回数と公開日は、確かめられます。一方、「ファン700人」の出どころは書かれていません。主催者の発表なのか、記者の目算なのか。「主催者発表」の一言があれば、読者は数字の重さを測れます。
良い点も書いておきます。
この日は、2006年の映画『M:i:III』のDVD発売を記念してパラマウント・ジャパンが制定した10(ト)と6(ム)にちなんだ「トムの日」。
「トムの日」が配給会社の制定した記念日であることを、記事は隠していません。宣伝の仕組みを、仕組みとして書いています。ここは誠実です。本人の言葉も載っています。「無事に日本に来れて嬉しい」「サンキュー」。短いながら、本人の発言として引用されています。
そして見出しの「異例」。本文より抑えた言葉を選んだのは、見出しの方でした。見出しが本文より静かな記事は、珍しい。その点も記しておきます。
SmokeOut視点:イベント記事の中の二つの声
映画のプレミア記事には、決まった型があります。会場の様子を描き、作品を紹介し、本人の言葉を添える。そのうち作品紹介の部分は、多くの場合、配給側の言葉がもとになります。
型そのものは悪くありません。読者も、プレミア記事に厳密な検証は求めていないでしょう。ただ、宣伝の言葉と記者の言葉が同じ文体で並ぶと、読者には区別できなくなります。今回の二つの「前代未聞」は、その見本のような並びでした。
区別する方法は簡単です。あらすじをかぎかっこに入れる。あるいは「配給会社によると」と一言添える。それだけで、読者は「ここからは宣伝の言葉だ」と分かります。
まとめ:強い言葉は、出どころを分けて読む
- ✓ 「前代未聞」「異例」のような言葉に、根拠は書かれていますか?
- ✓ 作品のあらすじは、記者の言葉ですか、宣伝の言葉ですか?
- ✓ 「700人」のような数字は、誰が数えたと書かれていますか?
楽しい記事は、楽しく読んでいい。ただ、「前代未聞」が二度出てきたら、一度ずつ出どころを確かめてみる。それだけで、記事の温度と、出来事の温度を分けて受け取れます。トムさんの言葉は、本文で短く読めます。まずはそこから確かめてみませんか。