阪神の的場寛一さんが、ファーム打撃コーチに就任しました。10月26日、西宮市内の球団事務所で会見が開かれています。スポニチアネックスは同じ日、その会見を記事にしました。
「僕なんかで球団が批判されるんじゃないか」99年ドラフト1位、阪神・的場2軍打撃コーチが涙の就任会見
見出しの冒頭には、かぎかっこ付きの言葉が置かれています。かぎかっこは、ふつう本人の言葉をそのまま示す記号です。読者は、的場さんが会見で「僕なんかで」と語ったと受け取るでしょう。
では、本文のどこにその言葉があるのか。今日は、見出しのかぎかっこを本文と照らし合わせていきます。
「僕なんかで」は本文のどこにあるか
本文で、批判について語った部分はこの一か所です。
めちゃくちゃ悩みました。球団が批判されるんじゃないかぐらい考えた。でも藤川監督にも『それがいいんです』と言っていただいた。改めて頑張ろうと思いました
本文の言葉は「球団が批判されるんじゃないかぐらい考えた」です。「僕なんかで」という言葉は、本文のどこにも出てきません。そもそも「僕」という一人称自体が、本文には一度もありません。
もちろん、会見の別の場面で、的場さんがそう話した可能性はあります。性善説に立てば、記事に載らなかった発言があったのかもしれません。けれど、この記事を読む人には確かめようがありません。
見出しのかぎかっこは、本文の言葉と一致していないのです。引用は、原文に忠実であることが前提です。かぎかっこの中の言葉が少しでも変われば、それはもう本人の言葉とは言い切れません。
「なんかで」が足す、もう一つの意味
「僕なんかで」が加わると、何が変わるでしょうか。
本文の言葉は、球団への批判を心配したというものでした。見出しの言葉は、自分を低く見る謙遜や自信のなさを強く感じさせます。同じ「批判」の話でも、重心が「球団」から「自分の価値」に移っています。
本文には、別の場面での本人の言葉もあります。
打診を受けると「私でいいのか。大丈夫なんですか」と問い返し、「電話の向こうで誰か笑ってないかと思った」とイタズラ電話も疑ったほどだ。
ここでの一人称は「私」です。「私でいいのか」は、驚きの言葉として語られています。見出しの「僕なんかで」は、本文のどちらの場面とも同じではありません。本文の言葉より、自分を下げる響きが強くなっています。
見出しで発言を要約すること自体は、よくあります。ただ、要約した言葉をかぎかっこで囲めば、本人がそのまま語ったように見えます。要約なら、かぎかっこを外す。それが読者への誠実さです。
たとえば「球団への批判を心配」と書けば、要約だと分かります。かぎかっこを使うのは、本人の言葉をそのまま運ぶときだけ。その区別があれば、読者は見出しの言葉の重さを正しく受け取れます。
「不完全燃焼」は誰の評価か
記事の冒頭は、次の一文から始まります。
就任会見で涙を流した。阪神の的場寛一ファーム打撃コーチ(49)が西宮市内の球団事務所で会見を行い、不完全燃焼に終わった現役生活も思い出しながら、涙を流した。
「不完全燃焼に終わった現役生活」は、記事の地の文です。本人がそう語った言葉としては書かれていません。他人の歩みを「不完全燃焼」と評価しているのは、記事の側です。
本人が現役時代をどう受け止めているかは、本人にしか分かりません。記事が評価を先に置くと、涙の理由まで記事の言葉で決まってしまいます。「涙」という言葉は、見出しと本文、写真案内を合わせて4回出てきます。
記事の最後も、同じ書き方です。
「1人でも多く、1本でも多くチームに貢献できる選手を育てたい」と最後は意欲に燃えていた。
本人の言葉は、前向きで具体的な決意です。それを「意欲に燃えていた」と内面の様子で締めているのは記事です。こちらは好意的な描写ですが、やはり書き手の見立てです。
本文にある確かなもの——経歴と、選ばれた理由
ここで公平に書いておきます。この記事は、的場さんが選ばれた理由をきちんと書いています。
99年に九州共立大からドラフト1位で入団しながら、故障もあり、1軍では通算7安打に終わったそれでも球団は社会人トヨタ自動車でプレーし、独立・石狩で指導者、監督も務めた野球に対する情熱を評価して要請した。
社会人野球での経験、独立リーグでの指導と監督の経歴。球団が何を評価したのかが、具体的に示されています。藤川監督から「それがいいんです」と言われたことも、本人の言葉で伝えられています。
一般企業で働き、起業もした経験を生かすつもりだということも書かれています。データに基づく指導のスタイルにも触れています。本人の歩みと考えを知るための材料は、本文にそろっていました。だからこそ、見出しの一言の正確さが惜しまれます。
SmokeOut視点:かぎかっこは、約束の記号
見出しのかぎかっこは、読者にとって約束の記号です。「この中の言葉は、本人がそのまま言った」という約束です。だからこそ、読者は安心してその言葉を本人の気持ちとして受け取ります。
その約束が少しでも崩れると、どうなるでしょうか。読者は、本人が言っていない気持ちを、本人の言葉として覚えてしまいます。特に自分を低く見る言葉は、その人の印象に長く残ります。
本文の言葉で作るなら、見出しは「球団が批判されるんじゃないか」で十分でした。本人の言葉をそのまま運ぶ。それが、かぎかっこを使う記事の一番の責任ではないでしょうか。
まとめ:見出しのかぎかっこを、本文で探す
- ✓ 見出しのかぎかっこの言葉は、本文に同じ形で出てきますか?
- ✓ 「不完全燃焼」は、本人の言葉ですか、記事の評価ですか?
- ✓ その人が選ばれた理由は、記事のどこに書かれていますか?
選ばれた理由と本人の決意を、具体的に伝えた記事でした。煙は、見出しのかぎかっこの中に、本文にない言葉が入ったところから立っています。かぎかっこを見たら、本文で同じ言葉を探してみてください。