10月8日深夜、矢部浩之さんの卒業が発表されました。ニッポン放送『ナインティナインのオールナイトニッポン』の生放送でのことです。2014年に続く二度目です。オリコンは翌9日未明、その放送の内容を記事にしました。
記事の大半は、矢部さんと岡村隆史さんの言葉です。生放送での発言がそのまま引かれています。情報源がはっきりした、読みやすい記事です。
矢部浩之『ナイナイANN』卒業 12年前に続き…2度目の”卒業” ひとりで新番組決定
ただ、読み終えて一つ引っかかる言葉がありました。「ハプニング」です。矢部さんは2020年の復帰のきっかけを、そう呼んでいます。記事は、それが何だったのかを一度も書いていません。
本人の言葉で組み立てた記事に、記事自身の言葉はどこで入っているのか。そこに薄い煙がないか。今日はそれを見ていきます。
「ハプニングがありまして」——説明されなかった2020年
記事の中で、矢部さんは復帰の経緯をこう振り返っています。
2020年ぐらいに、ハプニングがありまして。私1回、岡村さんを叱りに…。6年ぶりにニッポン放送に来た。
「叱りに」来た、と言っています。何かがあって、相方を叱る必要があった。それだけは分かります。けれど、その「何か」は記事のどこにも書かれていません。
記事の終盤には、番組の歴史をまとめた段落があります。そこでも、こう書かれているだけです。
20年5月に矢部が電撃復帰を果たし『ナイナイANN』として再始動した。
これは、時系列の省略です。出来事を並べるときに、読者が理解に必要とする一段を抜く書き方です。当時を知る読者には通じます。知らない読者には、「叱りに」の一言が宙に浮きます。
矢部さんが言葉を濁したのは、本人の判断です。それを記事がそのまま引くのは、誤りではありません。ただ、引いた以上、読者に最低限の補助線を引く責任は記事の側にあります。何があったのかは、この記事からは分かりません。確かめたい読者は、当時の報道を別に探す必要があります。
「電撃」「金字塔」「知られる」——記事自身の言葉を拾う
この記事は本人の言葉が多い分、記事自身の言葉は少なめです。その少ない言葉を拾ってみます。
まず「電撃復帰」。先ほどの引用に出てきた言葉です。これは記事の言葉で、矢部さんの言葉ではありません。本人は同じ出来事を、こう語っています。
これは流れに身を任せて…って思っていたら復活という形になりまして
本人は「流れに身を任せて」。記事は「電撃」。同じ出来事に、二つの温度があります。「電撃」は、速さと驚きを足す言葉です。足したのは、記事の側です。
次に、番組の歴史をまとめた段落です。
長きにわたって“深夜ラジオ”を続け、金字塔を打ち立ててきた。
ヘビーリスナーも多いことで知られる同番組だが、番組へのゲスト出演や歌謡祭への出演経験もあるaikoを筆頭に、森三中の黒沢かずこ、ランジャタイの伊藤幸司、中島歩、吉田麻也など、芸能界・スポーツ界にも多彩なリスナーを誇る。
「金字塔」は評価の言葉です。誰の評価なのかは書かれていません。「知られる」「誇る」も、主語のない言い回しです。誰に知られ、誰が誇るのか。記事は言いません。
リスナーの名前の列挙も同じです。五人の名前が並びますが、出どころは示されていません。番組に出演した事実と、番組を聴いている事実は別のものです。この段落だけ、記事の確かめ方が緩んでいます。
誤りだと言いたいのではありません。番組が長く続いたことは、記事の年表からも分かります。ただ、「長く続いた」と「金字塔」の間には、評価という一段があります。その一段を誰が踏んだのか。記事は答えていません。
この記事の良いところ——放送そのものが情報源
ここまで薄い煙を見てきましたが、この記事の土台は確かです。情報源が生放送そのもので、しかも読者が自分で確かめられます。
番組の模様は、放送後1週間以内は「radiko」で聴くことができる。
この一文があるだけで、記事の信頼度は変わります。引用が正しいか、文脈が切られていないか。読者が音声で確かめられるからです。
卒業の理由も、本人の言葉で示されています。
1回目卒業させていただいた時に、ラジオが嫌じゃなくて、ひとりでラジオをやりたいなっていうざっくりとした気持ちがあって
「関係者によると、不仲が原因」のような書き方は、この記事にはありません。理由は本人が語り、相方の反応も本人の言葉で添えられています。岡村さんの「ちょっと軽くショックですけど(笑)」まで引かれています。
番組の今後も、憶測ではなく岡村さんの発言で示されています。
ニッポン放送の中に、パートナーシップを結んだ番組ができた。新しい形のラジオが始まります
発表の予告が番組のX投稿で事前にあったことも書かれています。事実の部分は、どれも出どころが見える記事です。
一つだけ、小さな揺れがありました。オープニングの話題を伝える箇所です。記事は「吉本興業のNSC9期生にあたる芸人たち」と書いています。その同じ文で、会場は「大阪・なんばグランド花月(NSC)」と記されています。学校の略称と劇場の名前が、一つの括弧で重なっています。読者が混乱しないよう、確認を望みたい箇所です。
SmokeOut視点:本人の言葉で足りる記事に、何を足すか
この記事は、本人の言葉で九割が書けています。だからこそ、残りの一割がよく見えます。「電撃」「金字塔」「知られる」。足された言葉は、どれも事実ではなく温度でした。
見出しの「2度目の”卒業”」には、引用符がついています。「卒業」は矢部さん自身の言葉です。記事はそれを本人の言葉として扱っています。この引用符は、記事の誠実さの表れです。
同じ誠実さを、「ハプニング」にも向けてほしかった。本人がぼかした言葉を、ぼかしたまま引くなら、せめて読者の足場を一段作る。それが、本人の言葉を尊重することと、読者に伝わることの両立だと思います。
まとめ:本人の言葉と、記事の言葉を分けて読む
- ✓ 「電撃」「金字塔」は、本人の言葉ですか、記事の言葉ですか?
- ✓ 「ハプニング」の中身を、記事は読者に伝えていますか?
- ✓ その放送は、自分でも聴いて確かめられますか?
放送をそのまま届けた記事は、それだけで価値があります。残る薄い煙は、記事が足した温度と、抜いた一段だけでした。本人の言葉と記事の言葉を分けて読む。それだけで、この記事はずっと澄んで見えます。